基本情報
今回ご紹介するのは、私が大好きなコーエン兄弟の代表作の一つ、『Fargo(ファーゴ)』です。この映画は、雪に覆われた極寒の地を舞台に、人間の愚かさと欲望が引き起こす、シニカルで恐ろしい事件を描いています。
- 公開年: 1996年
- 監督: ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン(コーエン兄弟)
- ジャンル: Crime, Drama, Thriller(クライム、ドラマ、スリラー)
- 評価: 7.8(IMDbより)
- 主演: フランシス・マクドーマンド、ウィリアム・H・メイシー
この作品は、アカデミー賞で脚本賞と主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)を受賞しており、その完成度の高さは折り紙付きです。後に同名の人気ドラマシリーズも制作されましたが、まずは原点であるこの映画から観ることを強くおすすめします。

あらすじ:平凡な男が踏み入れた、雪深い悪夢
舞台は1987年、ミネソタ州の田舎町。主人公は自動車セールスマンのジェリー・ランディガード(ウィリアム・H・メイシー)。彼は多額の借金を抱え、首が回らない状態にありました。
平凡で気弱なジェリーが思いついたのは、信じがたい「解決策」でした。それは、裕福な義父から身代金をせしめるために、二人組のチンピラを雇って自分の妻を誘拐させるという、あまりにも安易で杜撰な計画です。
ジェリーはノースダコタ州ファーゴで雇った二人の男に妻を引き渡しますが、当然ながら計画は最初からスムーズには進みません。雪深いハイウェイで、雇ったチンピラが州警察官を巻き込む惨殺事件を起こしてしまいます。
事態はもはや「狂言誘拐」のレベルを超え、血生臭い連続殺人事件へと発展。捜査に乗り出したのは、ブレイナード警察署の署長マージ・ガンダーソン(フランシス・マクドーマンド)。彼女は妊娠中ですが、極めて聡明で、そして何よりも「普通」の感覚を持った女性です。
雪と氷に閉ざされた世界で、ジェリーの小さな嘘と欲望は、次々と悲劇的な連鎖を生み出していきます。マージは、この寒々とした土地で起きた不可解で残虐な事件の真相に、静かに、しかし確実に迫っていくのです。
映画レビュー:笑いと恐怖が紙一重。コーエン兄弟の真骨頂
『Fargo』の最大の魅力は、その独特のトーンです。コーエン兄弟は、人間の極端な欲望や残虐な行為を、どこか滑稽で間抜けな視点から描きます。これが「クライム・コメディ」とも呼ばれる所以です。
極寒の風景が際立たせる、人間の滑稽さ
ミネソタやノースダコタといった、常に雪に覆われた舞台設定が、この映画のノワール的な雰囲気を決定づけています。一面の白銀の中に突如現れる血の赤や、寒さで凍てついた空気の中で交わされる間延びした会話が、異様なコントラストを生み出しています。
特に、ジェリーや彼が雇ったチンピラたちは、計画を立てる能力も、それを実行する覚悟も全く足りていません。彼らが「普通の生活」を夢見ながら、いかに簡単にモラルを捨て、そして失敗していく様は、見ていてゾッとすると同時に、思わず笑ってしまうほど滑稽です。
この「日常の中の異常」を描く手法は、例えば、成功のためなら手段を選ばない男の暴走を描いた『Nightcrawler(ナイトクローラー)』といった作品にも通じる、現代のクライムスリラーの原点とも言えるかもしれません。
最高のヒロイン、マージ署長
この映画において、唯一の「常識」であり「正義」を体現しているのが、フランシス・マクドーマンド演じるマージ署長です。彼女は妊娠中にも関わらず、冷静沈着に事件を捜査していきます。彼女の魅力は、その平凡さと温かさです。
マージは、地元の訛りで話し、ドーナツを愛し、夫との日常を大切にしています。しかし、ひとたび事件に向き合うと、その鋭い洞察力と揺るぎない倫理観で、ジェリーのような「小さな悪意」を許しません。
物語の終盤、マージが犯人に対して放つセリフには、この映画が伝えたいメッセージが凝縮されているように感じます。「たった少しのお金のために、こんなひどいことをするなんて」という彼女の素朴な疑問が、観客の心にも重く響きます。
個人的には、ノワール・スリラーの持つ「予測不能な復讐の連鎖」の要素がお好きなら、以前ご紹介した『Last Stop』と併せて観てみるのも面白いかもしれません。人間が一度転落を始めたらどこまでも行ってしまう、その恐ろしさを再認識できます。
『Fargo』は、ただのクライムスリラーではありません。人間の浅はかさ、そしてその対極にある温かい日常の尊さを描いた、深く、そして忘れがたい傑作です。ぜひ、この冬の寒さとともに、じっくりと味わってみてください。


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